スポンサーリンク

タスケです。



あなたはマンゴーと言うと、何色を思い浮かべますか?

日本で生産されているうちの9割以上は「赤いマンゴー」です。



しかし、世界的にマンゴーと言えば、「黄色いマンゴー」なんです。

赤いマンゴーの正式名称は「アーウィン」と言います。

通称、「アップルマンゴー」と呼ばれています。


では、何故 日本だけが、赤いマンゴーを食べているのでしょうか?

実は、この赤いマンゴー、なんと日本人が作ったのです。

農家さんが作ったのではありません。

赤いマンゴーを作ったのは、電機メーカー「シャープ」の元副社長・佐々木正(ささきただし)です。




佐々木がマンゴーを作ったのは、シャープに入社する遥か前、高校生の時に卒業制作の研究課程として開発してしまったのです。

天才ですね。


ホラ吹き佐々木



そんな天才がシャープに入社して、スゴイ物を作っていました。
世界で初めて「電卓」を作った人なのです。

若い人に言わせれば、「電卓!?たかが電卓じゃない?」と思うかも知れませんが、その当時の計算機ってとんでもなく巨大だったのです。



こんな時代に佐々木は「電卓をコンパクトに作るんだ」と言ったものですから、相当周りからバッシングされたようです。

「そんなことできるわけない」

「お前、よくも言ったな」

「このホラ吹き野郎」

その当時のあだ名が「ホラ吹き佐々木」でした。

しかし、そんな野次をはねのけて、佐々木は遂に電卓を完成させました。

つまり、佐々木という人物は「伝説の開発者」だったんです。

ただ、この佐々木の伝説はここで終わりません。

佐々木はその後に副社長になります。

副社長になった時、20歳の若者が佐々木を訪ねてきます。


その20歳の若者はこう言いました。



「新しいビジネスのアイディアがあるんです、ただ斬新過ぎて、ほかの会社では門前払いを食らってしまいました。だから佐々木さん、あなたはどうか話を聞いてください」

どんなアイディアだったかと言いますと、「電子翻訳機」というアイディアでした。

今でこそ、スマホのアプリなどで普及してきましたが、はるか40年前の話です。

そんなこと誰も思いつかない時代の話です。

そんな時、佐々木は先見の明がありますから、

「この若者、見所あるぞ。これ、面白い話じゃないか」ということで、大胆にも20歳の若造に、その当時でいう「1億円」をポーンと渡したのです。

そして「そのアイディア買った!」と言って、シャープで商品化してしまいました。

それが、「ポケット型電訳機 IQ3000」です。

これは、世界で初めてのポータブル翻訳機なのです。





そうやって、世界初の発明をすごい決断力で産みだし続けた伝説の天才。

若者は、1億円を元手に会社を興して大成功しました。

その若者の名は、「孫正義」


[出典:PRESIDENT Online http://president.jp/articles/-/16742]

佐々木正は数々の発明を作りましたが、1人の天才経営者も作りだしていたのです。



さらにもう一人の天才にも影響を与えた



翻訳機が話題を呼んで、とある天才が佐々木の元を訪ねてきました。

その天才こそ、スティーブ・ジョブズです。




スティーブ・ジョブズが熱心に会いたいと言って、ついに面会がセッティングされました。

そして彼は佐々木に聞きました。

「佐々木さん、あなたは素晴らしい発明をたくさん残してる。あなたのビジネスのルーツは何ですか?」

すると佐々木はこう答えました。

「僕のビジネスのルーツはアップルマンゴーなんですよ」

ここでアップルマンゴーが出てくるのです。

これはすごい発明でした。

何故なら、リンゴは北国のもの、マンゴーは南国のものです。

それを掛けあわせるのは大変な作業だったそうです。

でも、リンゴとマンゴーを掛けあわせたことで、圧倒的なものが生まれました。

「つまり、真逆のものを組み合わせて新しいものを作る、これがビジネスだよ」

そう佐々木は言ったのです。

スティーブ・ジョブズものすごく感動したそうです。

「はー、素晴らしい話ですね。そして佐々木さん、うちの会社、アップルって言うんですよ。もしかしたら、わが社もいつか、マンゴーとなる何かを見つけなきゃいけないかも知れませんね」

そんな話をして2人は別れたそうです。

そして数年後、アップル社は画期的な商品を発表します。

それが「ipod」です。




ipodは、その操作性やデータで音楽を聞くという革新性、それもさることながら、なにが素晴らしかったって、ライバル会社であるマイクロソフトのウィンドウズでも使えるようにしたことです。

普通なら、自社のパソコンを売りたいから、アップルのパソコンでしか使えないと言えば、パソコンも売れたはずでした。

でも、ウィンドウズでも使えるようにしたことで、スティーブ・ジョブズは世界を制したのです。

これはまさに、「アップルがマンゴーを見つけた瞬間」とも言われているんですね。


佐々木正は、アップルマンゴーを日本に与えました。

そして、翻訳機や電卓も与えました。

孫 正義には、ビジネスのチャンスを与えました。

そして、スティーブ・ジョブズには勇気を与えました。

この大きな歴史のうねりの中で、1人の天才日本人はたしかに存在しました。

そんな天才・佐々木正

なんと、御年102歳!バリバリに元気です。
(1915年(大正4年)5月12日生)

近年、インタビューを受け、記者からこんなことを聞かれました。

「佐々木さん、今の夢はなんですか?」

「私の夢は、120歳まで生きることです」

記者はそれを聞いて、笑いながら言いました。

「佐々木さん、それすごいですけど、そんなことできるんですか?」

すると佐々木さんは、真っ直ぐな目でこう答えました。

「その方法と理論、もう僕の頭の中にあるんです」

そう豪語したというのです。

(了)

[出典:2016年6月24日「やりすぎ都市伝説スペシャル2016夏」]




ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正


スポンサーリンク