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タスケです。

第64-65代 内閣総理大臣:田中角栄の知られざる真実!を紹介します。


庶民から”角さん”と慕われ、数多くの伝説を残した昭和の宰相:田中角栄。

昭和47年(1972年)から2年半、総理大臣を務めました。



近年では、2015年6月以来関連本が10冊以上も出版される”角栄ブーム”が起きています。

中でも大ヒットを記録したのが、90万部を超えるベストセラー、元東京都知事・石原慎太郎さんが書いた『天才』。

「政治家の中では傑出した人物だと思いますね」(石原慎太郎)




「政治家ってのはね、あんまり美男子でもダメ」

「我々が子どもの時にね、『隣に蔵が建つと腹が立つ』っていう……」

その親しみやすさから、「庶民派総理」として大人気!
そんな角さんについたあだ名は「コンピューター付きブルドーザー」

部下の名前を全て記憶したと言われています。

それでも、もし名前が思い出せない時は……

「君の名前は、何だったかな?」

「小林です」

「そうじゃなくて、下の名前だよ」

「ああ、和夫です」

「あっはっは、そうだ!和夫君だ!小林和夫君だ!」

相手を不快にさせず、さりげなく苗字を聞きだすことも。

「人心掌握術の達人」でもありました。




ロッキード事件の真実



しかし 角さんは、露骨な金権政治を実行し、ロッキード事件で5億円の賄賂を受け取ったとして逮捕されました。

そんな田中角栄について詳しく教えてくれるのは、多摩大学各員教授・河合敦先生。

かつて角さんの金権政治を批判した石原慎太郎さんが語ります。



「佐藤栄作さんが全盛の時にね、佐藤さんの誕生日パーティーがあったんですよ。その時にね、当時・自民党幹事長の角さんの周りに人が集まってね、誰も佐藤さんに寄りつかないんだよね。角さんは話が面白かったよね」(石原)


日本列島改造論



「日本列島改造論」は、昭和47年(1972年)、総理大臣になる半月前に角さんが書いた本です。
当時はなんと、90万部の大ベストセラーになりました。

角さんは、大正7年に新潟県二田村(現柏崎市)で生まれました。

最終学歴は高等小学校卒業で、今で言う中卒です。




15歳で上京し、土木会社を起業したのち、28歳で政治家の道へ。

史上最年少の44歳で大蔵大臣になった角さんは、こう語っていました。

「東京や大阪へ非常に人が寄りすぎる。産業も文化も人口も、だんだんと分散をしなければならん」



そこで、角さんが総理に就任したとき、打ち出した政策が「日本列島改造論」

日本列島改造論とは、新幹線と高速道路によって、集中した人口を地方に分散させようとするもの。

教科書に載っているのはここまで。


教科書に載っていない新事実



具体的には、地方から主要都市までの移動を「3時間以内」とすることを目標にしました。角さんの総理就任当時、高速道路の総延長は約700km。




しかし、角さんの政策によって高速道路を次々に建設し、現在の総延長は8000km以上!




石原さんの著書「天才」の中で、角さんは……

「関越自動車道が全線開通したのだ。これで、俺の念願がかなった訳だ。かねてから俺がいっていた通り、俺の故郷の裏の日本は、とうとう日本の表と繋がったのだ」

また、2016年 北海道まで開通した新幹線ですが、すでに44年前に角さんが構想していたもの。

当時、新幹線は岡山までしか走っていませんでしたが、日本列島改造論には、北海道や九州への新幹線構想ルート図が記載されていました。

 

【地元・新潟での演説】

「出稼ぎの時期は終わりました。新幹線が新潟と東京300kmを1時間半で結ぶ時には、もう終止符がうたれるはずであります」



実は、現在のリニアモーターカーにつながる、リニア新幹線構想を44年前に考えていました。

全国の主要都市に空港を置く必要性や、本州と四国を結ぶ橋の建設なども説いていました。

「トンネルを造るとき、何万人が利用するのかと考えるのが官僚。利用者が数人でも必要なものは造る、それが政治家だ」

もし、角さんがいなかったら、日本はどうなっていたでしょうか?

「今の日本は、今の形じゃなかったでしょうな。日本というのは非常に縦に長く、使いにくい国土なんですよ。それをね、新幹線走らせてね、しかも高速道路をこれだけ造って、本当に便利な使いやすい国になりました。こう思うとやっぱり天才だと思いますね」(石原)


日中国交正常化



昭和47年、総理に就任した角さんは、日本の外交方針を劇的に転換。

長く関係が途絶えていた中国を訪問。いわゆる「日中国交正常化」です。

「とにかく両国はね、必ず友好関係が樹立できるし、そうしなければいかんのだと……」

政府・与党内が反発する中、総理就任から82日目で北京を電撃訪問。



「コンピューター」のような計算と、「ブルドーザー」のような驚くべき実行力により、国交正常化に成功しました。

その1ヶ月後、日中友好の証として、パンダが上野動物園に贈られ、空前のパンダブームに。

その行列は2km以上になりました。

実は、日本の貿易相手国は、2007年にアメリカを抜いて以来、ずっと中国が1位となっています。


政治家になる前になりたかった職業は?



1964年(昭和39年)、角さんが大蔵大臣のときに収録されたインタビュー。

「仕事はもう、10代からやっておりますけど、志(こころざし)と違って『文士になりたい』と思ってもなれなかったし……」

角さんが夢見ていたのは「文士」、つまり「小説家」

読書好きで、子どものころ 明治・大正の文学全集を読みふけっていました。

15歳の時、雑誌に小説を投稿していたことも。

石原さんも、この事実は初耳だったようで……

「知りませんでしたね。やっぱり、あの人が小説書いたら無類の小説家になったと思いますね。人間観察が鋭いし、角さんがどんな小説を書いたかと思うと、考えるだけで面白いですね」(石原)


「100万円を貸してください」と頼まれ どうした?



若手議員が、「トラブルが起きたので100万円を貸してください」と言ってきました。

さて、角さんはどんな対応をしたでしょうか?

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正解は「30分後に300万円を渡した」でした。

さらに、メモを入れておきました。


一、百万円でトラブルを解決しなさい

二、百万円で世話になっている人たちにお礼をしなさい

三、残りの百万円は万一のためにとっておきなさい

四、返済は無用




ロッキード事件



田中政権誕生時は、内閣支持率が62%で当時最高でした。

しかし、日本列島改造論で、全国の土地価格が急激に値上がりし、そこへオイルショックも追い打ちをかけたため、総理在任中の2年半で物価が平均23%も上昇しました。

支持率は一気に18%まで低下しました。

しかし、与党の議席を守るため、惜しみなくお金を使いました。


【田中角栄の政治信条】政治は数、数は力、力は金

そんな角さんの政治姿勢を真っ先に批判したのが、石原慎太郎さんでした。

さらにメディアも追随し、金銭授受の疑惑を指摘され、総理を辞任することになりました。

1年半後、石原さんはゴルフ場で、敵対していた角さんと ばったり顔を合わせてしまいます。緊張が走る石原さん。

ところが……

「『おお!石原君!久し振り ちょっと来い!来い!』と言われ、椅子を持ってきて『おい、座れ!』って言うんですよ。『先生、いろいろご迷惑かけました』と言うと、『何言ってるんだ お前、政治家だ お互いに、構わない! 君も一杯やれ!』って言うんですよ。その時にね、なんて人かと思ったね。やっぱりね、ショックだったね。なれなれしさというか、寛容さというかね。これはね、なんて人だと思ったね」(石原)

その後、あの「ロッキード事件」が起きるのです。

航空機購入をめぐる汚職が発覚して、田中前首相が逮捕され、世論の厳しい批判をうけました。

ロッキード事件とは、アメリカの航空機メーカー「ロッキード社」が、自社の旅客機を海外に売り込むために賄賂を贈った国際的汚職事件。

角さんは、商社経由でロッキード社から5億円の賄賂を受け取った容疑で逮捕されたのです。

とはいえ、サービス精神旺盛な角さん。

自分を撮影しようとカメラマンが殺到してきたときのこと。

秘書やSPがカメラを遮ると、「彼らだって好き好んで来てるんじゃない。俺の写真が撮れんでは、商売にならんじゃろうが」

そして、カメラマンに一言。

「おい!そのかわり、いい男に撮れよ!」

これこそが、角さんの魅力だったのです。




逮捕から7年後の昭和58年(1983年)、ロッキード事件の一審判決がでます。

「懲役4年 追徴金5億円の実刑判決」が下されました。

2ヶ月後、総選挙が行われ、有罪判決を受けたにも関わらず、史上空前の22万票で新潟3区トップ当選したのです。

それから2年後、「政治の天才」と言われた角さんは、脳梗塞に倒れ 表舞台から退きました。
かつて宿敵だった石原慎太郎さんは「天才」の中で角さんに成り切り、こう記しています。

「俺のやったことの何が間違っていたというのだろうか。だってそうではないか。今のこの国を眺めてみろ、俺の言った通りになっているではないか」

平成5年、田中角さんは75歳で他界。

テレビ時代が生んだ不世出の政治家。

当時 郵政大臣だった角さんは、放送免許を交付し、各地方にテレビ局が誕生したのです。

(了)

[出典:2016年7月30日放送「世界一受けたい授業P」]


参考資料



田中角栄の新日本列島改造論 [ 大下英冶 ]



天才 [ 石原慎太郎 ]

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