世界一の金持ちビル・ゲイツ!どうやって9兆円も儲けたのか?



資産は、約9兆5000億円






アメリカ、マイケルソフト社を創ったビル・ゲイツ。

ウィンドウズを始め、誰もが知るソフトウェアを次々と世に送り出したIT業界の風雲児。
その総資産は、なんと、約9兆5000億円(792億ドル)!
※フォーブス誌2015年版世界長者番付(1ドル=120円で換算)

世界一の大富豪です。

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どうやったらそんな大金を手に入れられたのか?



彼は、先見の明があり、ウソを巧みに操る交渉術に長け、
さらに、手段を選ばない非情なやり口のできる人物でした。


彼から学ぶことで、もしかしたらあなたもお金持ちになれるかも知れませんよ!?

”コンピューターはお金になる。”







1955年10月28日、ワシントン州シアトルに生まれたビル・ゲイツは、
幼いころから人と違うことをするのが好きでした。

そんなゲイツが最も興味を示したもの……

それは、学校にたまたま置いてあったコンピューターで、当時は非常に珍しい物でした。

元数学教師フレッド・ライト氏はこう語ります

「当時ゲイツは、体育の授業をサボってまで、毎日コンピュータールームに通っていましたよ」

コンピューターの魅力にすっかりはまったゲイツは、わずか12歳にして未来を見据えていました。




近い将来、必ずコンピューターが人々の生活を変えるだろう!




そして、2歳年上のポール・アレンと共に、学校の時間割を自動的に管理するソフトを開発。

これが学校に、約18万円(500ドル)で売れました。




ゲイツは確信しました。

”コンピューターはお金になる。”

いち早くコンピューターに目をつけたゲイツは、1975年、せっかく入ったハーバード大を中退し、マイクロソフト社を設立。



当時コンピューターは、一部の専門家しか扱えませんでしたが、ゲイツは、誰でも簡単に動かすことのできる”ソフト”の開発に、全精力を傾けます。




従業員はたったの11人。

皆みすぼらしい若者で、仕事は驚くほどありませんでしたが、ゲイツは社員にとんでもないことを言っていました。





元マイクロソフト社副社長、ローランド・ハンソン氏はこう語ります。

「彼は常々、ホワイトボードを使い、マイクロソフト社がどうやって世界を乗っ取っていくか、そのビジョンを語っていました。そんな彼のリーダーとしての資質に我々は賭けたんです」

そして、自ら一番働きました。


元マイクロソフト社秘書、ミリアム・ルボーさん>>>>

「毎日のように職場の床で寝ている彼を目にしましたよ。そこまで血眼になって働くボスがいる会社を、私は他に知りません」


一世一代のハッタリ



創業から5年後の1980年、マイクロソフト社に、運命を変えるビッグチャンスが訪れました。

アメリカ最大のIT企業IBMから声が掛かったのです。

IBMは新規事業として、市場に出回り始めていたパソコンに目をつけましたが

パソコンを簡単に動かすためのソフトを開発する技術がなかったのです。

そんなIBM本社を訪れたゲイツは、一世一代のハッタリをかまします。


コンピューター専門家、リュック・フェイヤード氏>>>

「IBMの役員から、『パソコンを動かすソフトの開発は実現可能か?』と聞かれた彼は、あっけらかんと『ハイ』と答えました。しかしそれは、真赤なウソだったんです」

実は、IBMが要求するソフトは、ゲイツが作ってきたモノとは比べ物にならない複雑なプログラムでした。

しかし、こんなビッグチャンスを逃すわけにはいかない。


『そういえば、あいつがいたなあ……』

その男の名は、ティム・パターソン



知る人ぞ知る、町の天才エンジニア。

ティムは、自分のパソコンを使いこなすために、自分でソフトを開発しました。

早速ゲイツは、ティムの元を訪れ、そのソフトを見せてもらうと、信じられないほどの完成度でした。


『これは素晴らしい!』

ゲイツは、ティムのソフトを約1000万円(5万ドル)で買い取りました。


エンジニア、ティム・パターソンはこう語ります>>>

「当時、私は、自分の作ったソフトの価値がよくわかっていませんでした」


IBMが欲しがるソフトを、わずか1,000万円で手に入れたゲイツ。

『この宝を、普通に売ってしまっては儲からない』

そこで、このソフトを搭載したIBMのパソコンが1台売れる度に、約600円(約3ドル)の使用料をもらう歩合制の契約を結んだのです。


『コンピューターはそのうち、みんなが使うようになる。そうなればもっと儲かるはずだ』

読みはズバリ的中!

IBMのパソコンは発売と同時に大ヒット

マイクロソフト社には、1台売れる度に約6,00円が舞い込み、
1,000万円でソフトを買い取ってからたった3年、
マイクロソフト社の利益はなんと約230億円(1億ドル)。

みずぼらしい若者たちは、みな精悍なビジネスマンになりました。




27歳となったゲイツの個人資産、約160億円(7000万ドル)に



しかしここで、強力なライバルが!

出現、アップル社の社長、スティーブ・ジョブズです。

勝つためなら手段を選ばない





ゲイツと同い年のジョブズは、
1984年、画期的な機能を搭載したマッキントッシュを発表。

それが現在ではお馴染みの、アイコンやマウスを使い、画面上で簡単に操作ができるというスグレモノ。

それまでのパソコンは、キーボードで操作するのが主流でした。

マッキントッシュは、約58万円(2,495ドル)もする高価なものでしたが、売れに売れました。


するとゲイツは、ジョブズを潰すためとんでもない行動にでたのです。

当時マイクロソフト社は、アップル社にもソフトを提供していましたが、
ゲイツは技術を盗むため、アップル社に出向き、アップル社のエンジニアを質問攻めにしていたと言います。

そして当然、ジョブズの反感を買いました。


元アップル社エンジニア、アンディ・ハーツフェルド氏はこう語ります。


「ある日私が、ゲイツの質問に答えようとした瞬間、いきなりジョブズが『黙れ!』と大きな声で怒鳴ったんです。よっぽど、ゲイツが怪しく見えたんでしょう」


元マイクロソフト社エンジニア、マーリン・エラー氏>>>

さらに、自分の会社のエンジニアに、マッキントッシュを買い与え、

「『ここから盗めるものは、全て盗むんだ。』と言ったんです」

勝負に勝つためなら、手段を選ばないゲイツ。

こうして完成したのが、マウスやアイコンの機能を搭載したウィンドウズのパソコンでした。



すると、世界中がとんでもないことになったのです。

世界一の大富豪に



この価格を、なんと、マッキントッシュの半額に設定

売れないわけがありません。

ウィンドウズ95にいたっては、全世界で約1億本を売り上げるメガヒットを記録しました。

こうしてマイクロソフト社は、一大帝国を築き上げ、ゲイツの個人資産は約1兆円(130億ドル)を越えました。

90年代後半、マイクロソフト社はインターネット事業にちょっと出遅れていました。

先を走っていたのは、インターネットを繋ぐためのソフトを流通させたネットスケープ社。

しかし、もちろんこの会社にも打ち勝ちます。

マイクロソフト社は、インターネットエクスプローラーを世に送り出し、
それをなんと、無料で流通させ、ネットスケープ社を倒産に追い込んだのです。

いち早くコンピューターに目をつけ、更に様々な手を尽くし、
IT業界のトップに君臨したビル・ゲイツは、こうして世界一の大富豪になりました。

そして、2008年6月、彼は、マイクロソフト社の会長を辞任。

還暦を迎える現在、妻と共に設立した慈善団体で、病気や貧困に苦しむ子どもたちの手助けをしています。

[出典:2015年10月26日放送 世界まる見え!テレビ特捜部 ブッ飛び金持ち&貧乏ヒマなしSP]

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